飛鳥時代の神様?
聖徳太子本名は厩戸(うまやど)であり、厩戸の前で出生したことによるとの伝説がある。また母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)が実母(小姉君)の実家で出産したため、つまり叔父・蘇我馬子の家で生まれたことから馬子屋敷が転じて厩戸(うまやど)と付けられたという説もあるが、現在のところ生誕地の近辺に厩戸(うまやと)という地名があり、そこから名付けられたという説が有力である。別名・豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)、上宮王(かみつみやおう)とも呼ばれた。 『古事記』(こじき)では上宮之厩戸豊聡耳命と表記される。 『日本書紀』(にほんしょき)では厩戸皇子のほかに豊耳聡聖徳、豊聡耳法大王、法主王と表記されている。聖徳太子という名は平安時代から広く用いられ一般的な呼称となったが、後世につけられた尊称(追号)であるという理由から、近年では「厩戸皇子」の称に変更している教科書もある。
